亡くなった義父の覚え書き

半年前に義父がガンでなくなりました。
病院に行ったときは末期ガンで、入院して3週で亡くなりました。
その間継母は日々朝から夕方までそばに付き添いました。
義父の体調の変化も心配でしたが、義父が体を壊さないかも心配でした。
義父にはもっとガンだということを隠し続けて亡くなるまで知らせないでおこうとみなで話をしていたのに先生は勝手に義父に告知をしました。

告知をして2太陽後に呼吸を引き取りました。
家族に吐露も無しに告知を講じる方法なのかなという問いは残りましたが、治らないと知ったらさっぱりあの世に旅立った義父は「らしき」なと思いました。
白か黒かのオリジナルでしたので、助からないならいよいよ済むやって直感だったのですかね。
自分で死期をコントロールできるものでもないでしょうが、そんな風に受け止めました。

義父は秋に入院しましたが、その少し前のお盆で帰省したときに毒舌の義父が言った台詞で「義父死なないよね?」と不安になったことがありました。
たぶん義父の中ではお盆の時点で状態は甚だ酷く、それでも誰にも言わずかくしていたんだと思います。だけどもっと短いかもという自覚があったのではと今となっては思います。
義父が言ったことは「かあくんは三国一の奥さんです」だ。
常にしょっちゅう継母に説教とか意地悪とか言っていて(ボクにもですけど)しばし暖かい仕打ちいえないのかよ!と心の突っ込みをしていたのですが、こんな義父が最高のほめ会話を言ったわけですよ。こういう場合そばに継母はおらずボクしか聞いてなかったのですが、これは継母にも聞かせないとと思ってキッチンから戻った継母に「今お父さんがなんか言ってましたよ!再び言ってみて!」と義父に促しておんなじことを言わせました。
継母は「あらあらほどほど。私の仕打ち?うそでしょ?」と笑ってました。
よく、奴は亡くなる前にいつもと違うことをするとチャットでききますが、義父もそうなのでしょう。

死ぬ前に安心の会話を言ったのでしょう。
あの太陽、実家からの家路夫にお父さんがこんなことを言っていたよ。信じられないよね。死なないよね?到底ね?なんてチャットをしながら帰ったのを思い起こします。
あの場合継母ちゃんに伝えてよかったなと思っています。